第67回 私じゃない私
欲得の無い私を求めて旅ゆくわたし。
妄想や言語の中で存在する私は、実在するかの私ではありません。
私はあなたに縁って存在せしめられるのであって、私はわたしである確証はありません。一方、あなたは私に縁って存在するのであり、すれば私とあなたは同一なのでしょう。
つながりの中で、永遠唯一の私はありません。生と死は同一だとすれば、欲得の無い私にしてみれば大したことはありません。
むしろ自己ありきの世界の中で満ち足りた人生を送る人は羨ましいかもしれません。仏教は自己を消去します。その上に在る私。それをほのかに感じたいと思っているのです。それが私の仏になりたい根拠です。命頂きての願往生です。
2017年6月10日