浄土宗 伝授山 長応院


住職の豆コラム

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第112回「。。。?」

新種の風邪には気をつけろ、というのはよくわかります。現在の新型コロナ騒動は、どうも問題はそれ以上の違った問題を提起しているような気がします。
知り合いの医者から、感染力の強いコロナだから注意してね、と言われたことがありました。三月の頃です。コロナといえば俗に言う風邪のウィルスですからまあほどほど気をつけましょう、と言うことで理解していたのですが、その後、行政が騒ぎ出していつの間にか、凄いことになってしまいました。三密回避、消毒、ソーシャルディスタンス、等など。行政側にいる医学的ブレインがいるのだろうからさぞかし今までにないような強毒なウィルスがきているように思いました。今思えば、TV情報ウィルスに翻弄されていた感があります。洗脳、怯えは大衆にとって弱いところです。
最近では新生活洋式に少しは慣れてきたようですが、それでも収束に至ってはいません。
日本人は古来より畳文化で色々な雑菌と暮らしてきました。今では不衛生と思われるような生活様式があったのです。我々はそうした色々な菌と共存してきました。明治開花、特に戦後、西洋式生活が入り込み、そうした菌を排除しいわゆる清潔(雑菌無し)な合理性に良しと言うか高文明に憧れたのです。一方で菌の働きをうまく利用した食生活もあります。
良い菌も悪い菌も自然界の恵みと警告でもありましょうし、人間の都合主義で排他的自然を創り出すことはどのようなものでしょうか。
森林伐採やエネルギー、資源問題も地球温暖化からエコシステムを言い出し、無駄や節制、勿体無い宣言など今更のように言い出すわけです。
終戦後マッカーサー率いるGHQは、日本人は汚いとDDTを撒いたのですが、欧米型の合理性からしてみれば、自然と共存し生活する美しさには気づきがなかったのでしょう。それからの日本はご存知の通り高度経済成長を目指して、その美学を忘れ欧米型合理性、生産性に身を寄せるようになりました。
現代、米国Apple社のスティーブ・ジョブスは禅から簡素さを覚え、欧米の知識人らは自然食品傾向にあり、(偏りはあるものの)靴を脱いで家に入るような事も多くなりました。気づきが戻ったのでしょうか。 グローバルに物流が往来する中、コロナ感染の様に都合悪いものも広がります。しかし、色々あれど人類は一つの地球に存在し自然と共存しているのですから、そうした都合に偏らない一人一人の優しさや真への志しがより大切になってくるでしょう。欲張らないお蔭様の精神はお念仏の信心で宿るものと思っています。

2020年9月7日