浄土宗 伝授山 長応院


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第48回 すべてが縁の内におさまる

お釈迦様は「縁」を説きました。全ては(人も物も時間も心も)縁によってつながり、この場を形成していると。そしてそれはとどまることなく変化し続けているにすぎません、と。この道理を得ることを「悟り」と呼び、得た者を「仏」と呼ぶのであります。これが原点にあるのですが、簡単ではありません。頭で理解しても、生活の中で道理に反していること多々あります。どうも私たちには、通常、「思うようにしたい」と行動し、思うようにならなければイライラしてしまうのがオチでしょう。「自分」というものへの過信や勝手がわざわざ「苦」を作ってしまうのです。そしてもがく、そのような輪廻にはまってしまいがちな営みを繰り返しているようではありませんか?南無阿弥陀仏の念仏は、その苦海に本当の自分を気づかせるものだと思います。全ては縁の中にあるという受け皿を感情の分別に左右されることなく受け止めることが仏に気づく一歩だと思うのです。

2016年6月15日